「Live」  「はい、こっ、今晩は藤次郎です。ただいま午後11時、東京駅八重 洲南口のバスターミナルに居ます」  自分に向けていたデジタルカメラをパーンして周囲の情景を映し、再 び自分に向けた。  「えーーー、これから私は高速バスに乗って旅に出ます」  インカムに弾んだ声(と、自分では思っている)で語りかけるが、実 際には一人でビデオカメラを持ちながら喋っているので、通りすがりの おばさんやおじさんに訝しげに見られて恥ずかしかった…  この映像と声は背中のディバッグに入っているB5ノートパソコンに 一旦入り、携帯電話で横浜の友人宅に飛ばされている。  今頃、友人はこれらを自分のワークステーション越しにインターネッ ト経由で全世界に放送しているはずだ…  正直言ってこの企画が持ち上がったときには面食らった。 * * * * * * * * *  インターネットプロバイダを経営する友人を囲んでこのプロバイダに 接続している有志の人々と野辺山の居酒屋で呑んでいるときに、いきな り  「どうだ藤次郎。インターネットで実況中継と言うのはどうだろうか?」 と持ちかけられた。  「どうやって?」  およそ想像がつかないことなので、ピンと来ないで訪ねると、  「いや、今小型軽量のカメラや機材が色々あるからそれらを持ってさ、 あちこちでライブ中継をやるんだよ」  と、友人は嬉々とした表情で言った。  「それじゃぁ動画映像のホームページと同じじゃないか、意味がある のか?」 と、私は反論したが  「そうかもしれない…ただ単に撮ってきた映像とレポートだけじゃお 前の言う通りだが…」  一瞬考え深げに声のトーンを落としたが、  「それをその場で生でやることに意味があるんだよ」 と勢いよく言って私の肩を叩いた。  「おっ、いいねえ」  「面白そう」 と、今の会話を聞いていた周りの人たちは酒の勢いもあり、途端にその 企画について盛り上がってしまった。  その場で企画検討会が始まり、有無を言わせず私が中継担当者に祭り 上げられてしまった。  機材は運ぶ事を考えて小型軽量で動作時間の長く、バッテリー等がす ぐ手に入る物を有志一同から提供して貰い、それらを実際に使用してテ ストをする事になった。  テストは、浅草の雷門から浅草寺までの仲見世の中継で行われた。  私はデジタルハンディカメラを持って上着の襟に付けたピンマイクで 実況中継していったのだが、結果はあまりよくなかった…  デジタルビデオハンディカメラを持って人混みをうろつくことは大変 なことで、掌で固定しながらビデオのスイッチを押し続けなければなら ず、さりとて手を下げた状態でビデオを使用していると盗撮魔に間違わ れそうだし、第一見る方の画が不自然すぎる。  それに加えてピンマイクの拾った音は周囲の雑音が多く、実況の声が 聞き辛くなる箇所があった。  そのテストの結果を踏まえ、デジタルビデオハンディカメラを重量が 増えるが、カメラと本体が分離する物に換え、カメラはピンで肩やベル トに固定できるようにし、マイクは携帯電話のインカムを使用すること になった。  こうして今度は横浜の中華街で実況中継を行い、今度は満足した結果 が得られた。  テストは前宣伝もなくいきなり始めたのにも関わらず、仲間以外の人 からも改良意見や感想などのメールを貰い、なかなか好評であった。  携帯電話の電波が切れる場所でもビデオに映像が納めてあるので、後 でまたはその場で簡単に編集ができる事も判り、中継後の編集映像をプ ロバイダに登録しておいたら、意外なダウンロード数があった。  テストの結果、今回の旅に最終的に次のような装備を持参することに なった。  中継の主であるビデオカメラはカメラ部分が分離するデジタルビデオ カメラ。IEEE1394のケーブルでノートパソコンに接続される。  ノートパソコンはB5版のサブノートパソコンで他の機器とのインタ ーフェースにUSBインタフェースとPCMCIAカードスロットを2 口備えてバッテリー動作時間が一番長い物を使用することになった。  PCMCIAスロットにIEEE1394インターフェースカードを 挿入し、先ほどのデジタルビデオカメラに接続される。  デジタルビデオカメラの音声と映像データはインターフェースでパソ コンに入力され、もう一つのPCMCIAスロットに挿入されたモデム を介して接続された携帯電話経由で友人のプロパイダのワークステーショ ンに入力される。  単にその機能だけだとビデオカメラを使わずとも、カラーCCDカメ ラとビデオカードで事足りる。現にこの計画の当初はビデオカメラでは なく、CCDカラーカメラを使用する予定であったが、万が一携帯電話 の接続圏外での取材や中継を見逃した人達に対するサービスとしてビデ オにする事にした。  また、先ほども言ったが動画を扱えるプレゼンテーションソフトを利 用することにより、あらかじめ録画しておいたビデオの動画映像やデジ タルカメラ静止画像、またICレコーダーの音声を中継中に再生したり する事ができる。これはこの手のソフトを色々試してテストの過程で判 ったことであり、現場での編集が容易にできる物を特に選んだ。  結果、取材に行く私に負担になったのだが…  以上の機材の他に、今回の旅の中継位置を表示するために、中継に使 用する携帯電話とは別にGPSに接続された携帯電話を持っていくこと になった。  「さて、これで準備はok!本番よろしく!!」 と、友人や今度の企画のスタッフになってくれた人たちに肩を叩かれた。 * * * * * * * * *  「…では、これから出発します。次の実況は明日の午前7時です」 と、一通り今回の企画の説明と周りの状況を説明して、私は中継を終え た。  …ただ、わざと行き先を告げなかった…  「ほい、ご苦労さん。後はゆっくり休んでくれ、無事を祈る。良い旅 を」 と、中継終了後に今の出来を聞くために友人に電話をしたら、友人素っ 気なく一言行っただけで電話を切った。  程なく私は高速バスの車中の人となった… * * * * * * * * *  インターネットのホームページの中継画面の構成はこうなっている。  画面上部にタイトルと実況中継の宣伝があり、続いて中央に地図があ り、GPSで1時間おきに自動的に知らされる位置が表示される。  その下には中継画面があって実況中継がされていないときには、その 直前までの中継の映像か、もしくは「次の実況は**時です」のCGが 入っている。  その下には、中継場所以外でのデジタルカメラの映像や行く先々でタ イプしたレポートやICレコーダーのレポートがライブラリとなって掲 載されている。 * * * * * * * * *  翌日大阪駅に着いた私はノートパソコンを起動し、携帯電話を繋いで メールをチェックし始めた。  メールの内容は中継を始めたばかりなのか、殆どなかった。  食事をしながら友人と連絡を取り、簡単な打ち合わせをする。  そして午前7時、私は大阪駅前で第2回目の中継を始めた。  「皆さんおはようございます。藤次郎です。私は今大阪駅の前にいま す。天気も良く気分がいいです。昨日の晩から高速バスに乗ってここま で来ましたが、気持ちよく眠れました…」 と、言いながら、実は高速バスの揺れが凄くて寝不足で多少ハイになっ た私は、まずは打ち合わせ通り自分の事から話し始め、続いて大阪の朝 の風景をビデオで映しながら町の様子を知らせた。  「…では、これより出発します。次のどこで皆さんとお会いできるで しょうか?…次の実況は本日の正午です」  と言って私は中継を終えた。  大阪駅の地下にある梅田駅から地下鉄に乗って難波駅に向かう。難波 駅から南海電鉄に乗って一路高野山に向かって行った。  電車の車内で私はノートパソコンと別に持ってきたハンディパソコン で今回の旅の日記を綴ったり、時折ビデオを回して周囲の状況を実況し たりと忙しかった。  高野山に着いて私はすぐに奥の院に向かった。奥の院に参拝し、ここ では撮影が禁止されているので、ICレーコダーを使用して周りの状況 を説明した。  そして暫く付近をぶらぶらして、奥の院前の休憩所でおもむろに今ま で収録した物の編集を始めた。  それらをまとめてからデジタルカメラの映像データーやハンディパソ コンの文章を友人のワークステーションに転送して、中継の打ち合わせ を始めた。  そして正午。  「はい、藤次郎です。今は高野山金剛峰寺の奥の院の前にいます。高 野山は平安時代弘法大師空海が開山した聖地でして…」 と、半分ガイドブック受け売りの中継を始めた。  一通り周囲の説明を終わると、あらかじめ録音してさっき編集したI Cレコーダーの音声や途中のビデオを流したりしながら、根本中堂に向 かって歩き始めた。  「あっ、ここには織田信長の墓がありますね…さっきは徳川家康や豊 臣一族の墓なんて物もありましたが、いったいなんでしょうかねぇ…? あれ?ここには武田信玄の墓もある…」 と、言いながら中継をしながらぶらぶらと歩いて行った。  …それから1時間ほど中継をして、  「では、次の中継は1時間後です。今度は本堂とも言える根本中堂に 移動します」 と言って、中継を終えた。  その後高野山の各地で2回程中継を行い、下山した私は疲れた体を高 野口の旅館に置いた。  「…つかれたぁ…」  座布団を枕にしてうたた寝を始めた私の耳元にある携帯電話が突然鳴 り始めた。  「ハッ、ハイ藤次郎です」  「おい、なかなか好評だよ!」 と、慌てて受ける私の耳元に友人を始めスタッフの人たちが喜んでいる のが手に取るように判る位の歓声が聞こえた。  「今日の奥の院からの中継を境にして励ましや感想のメールが山ほど 来てるんだよ!ホームページを閲覧する人も今までの倍々位あってさ、 一時は回線がパンクしそうになったりしたんだ!!」  「え…?」  私は友人の弾む声に驚きの色を隠せなかった…なぜなら、今朝の 段階では反響が殆どなかったのに、急に回線がパンクする程のアクセス 量があるのが信じられなかったのである。  「またまた…担いでるんだろぅ?」  とても信じられなかったので、私は疑って友人に言った。  「…嘘な物か!自分のホームページのメールをチェックして見ろ!」 と言って、友人はそのまま電話を切った。  私は暫く呆気にとられていたが、「本当かよ…」と呟いて、携帯 電話を充電中のノートパソコンに繋ぎ、自分のホームページをチェック した。  …すると、友人が言った通り、もの凄い反響のメールがかなりの 数入っていた…そのどれもが今回の企画の面白さと励ましのメール だった…  それを読んでいる内に、メールの勢いに押されたのか、私は疲れてい るのを忘れて、友人に電話を掛け  「おい、今晩もう一度中継を行うぞ!今日の総集編をやるんだ!!」 と、言った。  …そして、  「はい、皆さん今晩は、藤次郎です。この度の企画は如何でしょうか? 今回の中継は今日の総集編をお送りいたします」 と、私は嬉々とした表情で、自分でも信じられないくらい滑らかな口調 で話し始めた… 藤次郎正秀